『スピリチュアルなんかぶっ飛ばせ』

スピリチュアルを否定するブログではありません(^^)  25年以上この世界を見てきた僕の思うがままを書きます。夢物語ばかりの“えせスピリチュアル”はふっ飛ばしていく姿勢です。

第65回「幸せ」の正体〈後編〉

つなぐ



幸せとは一体なんなのか?


それをちょっと変わった切り口で迫っています本シリーズ。

我ながら変わった記事を書いているなぁと思っています つなぐ です(^_^;)


さて前回は、

実践すれば「幸せ感覚が増す」

と言われる瞑想法(マインドフルネス)の視点から幸せについて考えてみました↓



今回はそこからわかった


人生において幸せとは?

幸せに生きるとは?


について結論づけてみたいと思います。


前編からお読みいただければ内容が理解し易いのでぜひどうぞ↑



では、幸せの正体・後編いってみたいと思います。






前回の記事で述べましたが、

マインドフルネス瞑想からわかった、心の使い方(モード)には2つあるということでしたね。



1つは、

私達が日常で普通に使っているモードです。

次の予定や未来の予定に意識を置いて、段取りよくタスクをこなしていく心の使い方ですね。

思考がひっきりなしに働いている状態とも言えます。(モードAと仮に呼びます)



そしてもう一方の心の使い方は、

「意識を今この瞬間に置く」心の使い方です。


何か作業をしながら次の事を考えたり、全然違う別の事を考えたりするのではなく、

”その作業をしている自分そのもの”に意識を置いています。(仮にモードBと仮に呼びます)


例えば、洗濯物をたたんでいる時、

たたみながら晩御飯の献立や、次の家事の段取りを考えたりしがちですが、

そうではなく、

”洗濯物をたたんでいるその行為そのもの”に意識を持っていくのです。

指から伝わる洗濯物の感触や、折りたたむ行為そのものにです。


それは仏教などでいう「今を生きる」ということと同様です。

心が過去にも未来にもいっていない「今」にあるんですね。


このモードBになることがマインドフルネスであり、

「幸せ感覚を増し維持していくのに重要だ」ということでした。


ただ、

モードBがいくら大切だからと言っても、人との関係性の中で社会生活を円滑に送るためには、

モードAの次の予定や計画を考えながら行動する事は必要ですよね。


ずっとモードBだと周りから浮いてしまいかねません^^;


モードAとモードBの両輪が大切だと言う事でしたね。


(ここまでが前回)



これを「人生という舞台」


の中で当てはめて考えて見ると

「幸せに生きる大きなヒント」が見えてきます。


人生の中で、目標や計画を立て、それらを達成した時、人は幸せを感じます。

これは「モードAの幸せ」と言えます。


良いことがあった(目標達成や願望の成就)→ だから嬉しい → 幸せ (モードA型の幸せ感 )

という図式ですね。



一方で、特にその様な出来事がなくとも、

何気ない日々の出来事(例えばご飯が美味しく食べられる事や布団の上で眠れる事お風呂に入れる事)

そういったことが有り難い → 幸せ

という図式ですね。

これはその瞬間瞬間を俯瞰して感じることができなければ得られない感覚です。(マインドフルネス的)

それは、“今を生きる”というモードB型の幸せ感と言えます。



僕の人生を振り返っても、

モードA型の幸せは大きいものから小さいものまで、いくつかありました。

ただその幸せ感は一時のものであったように思います。


大きな事で例を挙げると‥

当ブログでも書いてきた通り、僕は昔、警察官だったのですが、

その警察官採用試験に合格した時はそれはもう天にも昇る気持ちで幸せの絶頂でした。

何しろ当時の試験の倍率は公務員人気もあって40倍を越えていました。

(2000人受けて50人しか通らない)


ですが、その目標を達成した喜びもつかの間、、

警察学校での厳しい訓練生活が始まると、当たり前のようになり、

その幸せ感も日常の中に埋没していきました。


皆さんも自身の人生を思い返して見て下さい。そんな経験はありませんか?


一方、

モードB型の幸せ感は、天にも昇るといった”電気の走った幸せ感覚”とは違いますが

普遍的で安定的です。


また、自分の人生に例えて見ると…


これも当ブログで書いて来た様に、僕は10年間うつ病を患って一度人生が目茶苦茶になったのですが、

その後、

諦めの境地なって、夢も希望もなくなって、ただただ毎日を淡々と生きる中で

自然と日々感じる事が出来る様になったことが当てはまります。。



これらを踏まえて、今までのことをまとめると、

人生を通しての幸せとは、、


「目標達成(モードA型の幸せ感)」

と

「日々感謝(モードB型の幸せ感)」


この両輪の心の使い方(生き方)が大切だということになります。



前者は人生には必要ですが、

幸せ感としては脆弱であり単発的で次々と新たな目標を追いかけ終わりがありません。

競争・努力・頑張る型の幸せ感といえます。


もちろん、その「目標を達成した」という成功体験は自信となり

確実にその人の経験値となりますが、幸せ感としては持続性に欠けるとも言えます。


そして、

こればかりを追いかけると「執着」ともなりかねず、しんどい人生になるかもしれませんね。



一方、後者は

競争とは無縁で肩の力を抜いた幸せ感であり、持続的でリラックス型といえます。


「執着」とは真逆の境地でもあり、

なんといっても「感謝」を伴わないと起こってこない幸せ感覚なんですね。

より安定した幸せは、日々感謝にシフトして行くようです。


かの有名な講演家・著作家の小林正観さんも同様の事を繰り返しおっしゃっています。

その名言の1つに「私は夢も希望もないけど毎日幸せ」といのがあります。

これはモードBの幸せ感とほぼ同様のことを言っているのだと思います。



ただこの「モードBの幸せ感」は、若い時代にはなかなか使いづらいモードでもあります。

「日々の出来事に感謝する」だなんてことは、僕はあまりできなかった様に思います(^_^;)


やはり人生の前半、若いうちは目標を立て、

それを達成することに向かって頑張る「モードAの幸せ感」のほうが使いやすいのかも知れませんね。


人生を積み重ねて、

いろいろな出来事に遭遇し、物事に感謝できる下地ができていくのかも知れません。。


でも、縁あってこの記事を読まれた方は

老いも若きも関係なく、両方のモードをバランスよく意識されてみてほしいですね(^^)


まとめに入ります。


どちらにせよ、

やはり現代人には「モードBの心の使い方」が不足気味には違いないようです。

ですから、1日の中で、ほんの少しでも今の自分に心を置いてみて下さい。


ご飯を食べている時の味わいや食感、お風呂に入っている時の感覚、就寝時の布団の肌触り…

それは”今を生きる自分”を観察している事であり、自分を大切にしている事に他ならないのです。

それを繰り返すことで感謝の念も自然と湧いてくるようです。


「感謝」と「幸せ感覚」は兄弟みたいなものですね(^^)


僕もこの記事を書いていて、

なお一層、モードAとモードBのバランスを大切にして日々を生きようと改めて決心することができました。

記事を書く機会を得れたことに感謝します(^^)



最後に皆さんの人生が少しでも幸せ感に包まれて歩めることを願って。



ということで前・後編に渡って書いてきました「幸せの正体」をこの辺で終わりたいと思います。


最後まで読んで頂き有難うございましたm(_ _)m



                  つなぐ

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第64回 「幸せ」の正体〈前編〉

つなぐ


前回から「幸せとは?」と云う壮大なテーマについて書き始めた つなぐ です(^^)


人間なら誰しも考えた事があるでしょう、この「幸せになりたい」という思い…

この様な事を考えるのはおそらく地球上の生物の中でも人間くらいでしょう。。


目に見えない、


形もわからない、


しかし誰もが追い求めるこの「幸せ」というモノの正体とは何なのでしょうか?



前回は現実的な視点から「幸せに生きる方法」についてを書きました。


→第63回 幸せに生きる方法【諦めと幸せ】 



今回はよりスピリチュアルな視点で、幸せに生きる方法と、その正体に迫って見たいと思います。


ではいってみましょう





皆さん、

前回、『幸せ(幸せ感)』という曖昧な表現をもう少しわかり易い表現として


“幸せを感じている意識状態”


と定義しました。



ここから『幸せ』とは、


必ずしも”外側の状況(例えばお金持ち)のみ


で決まるものではなく、


むしろ内側(精神)の充足にこそ、その"真の鍵"があると書きました。


本記事では、この事をスピリチュアル的に説明するために、


”実践すると幸せ感が増す(幸せを感じている意識状態が増す、維持される)”


と言われる『瞑想』を例に考えてみましょう。


特に近年、

世界中で実践されている「マインドフルネス瞑想法」の視点から説明してみますね。



この”マインドフルネス”と呼ばれる瞑想法は、

いにしえよりある色々な瞑想法の中でも、シンプルで実践しやすく世界中に広まりました。


集中力や作業効率も上がる事から、数々の企業でも取り入れられ、

特にあのGoogle社でも、毎日の様に社員が実践しているのがTVでも紹介されていました。


実は僕、、

この”マインドフルネス”をもう4年以上実践しています(^^)


その理由なんですが、、


"うつ病の再発防止にとても効果が認められている"からなんですね。


そう、

「幸せを感じている意識状態」とは全くの真逆にある「うつ病状態」にです。


ココでは幸せ感とは対極にあるうつ病の意識状態に対して、

マインドフルネスが影響を与えうると言うことを何となく頭に入れておいて下さいね。



当ブログでも書いてきましたように、僕は昔10年に渡り重度のうつ病を患っていました。

寛解(症状が治った)した今は、抗うつ薬を飲まずに目立った再発もなく4年以上が経過しております。


その大きな助けとなっているのが、”マインドフルネス”を生活に取り入れたからだと感じているんですね。



このマインドフルネスを始めた切っ掛けなんですが、

当時通っていた就労移行支援センター(※)で出会った一冊の本からでした。

※ うつ病等の精神疾患から社会復帰する為のリハビリ的施設。

行政から認可された民間企業等が運営。


このセンターでは、自身で決めた個人的な課題をやる時間がありました。

読書、PCの練習、企業情報の収集や履歴書の作成など、個人の今の状態に合わせて無理のない事を行います。


その時間に、読書をしようとたまたま手にとった本が、

このマインドフルネスを世界に広めた第一人者ジョン・カバット・ジン博士の本だったのです。


この本で博士は研究の結果、マインドフルネスがうつ病の再発率を半分以下に下げることと、

その実践の仕方について詳しく書いてくれていました。


僕はうつ病の地獄のスパイラルに二度と陥りたくない一心から、

気がつけばその本を夢中になって読んでいました。

(当時の僕は「幸せ感」とは全く縁遠い毎日だったからです…)


そして、

センターでの個人の時間を使ってその本を一年かけて、自分なりにまとめました。

(うつ病回復期で無理せずを心掛け、ゆっくり進めました)



このマインドフルネスの1つの特徴は、

世界中の大学や研究機関で科学的な検証が行われている事にあります。

そして、とてもシンプルで実践しやすく生活の中に取り入れ易い点なんですね。

またお金もかからず、慣れると時間も特別かかりません(^^)



ちょっとここで、

読者の皆さんにも簡単なマインドフルネス体験をしてもらおうと思います(^^)


まずは椅子や地べたに楽に座って下さい。

背筋は無理のない範囲で立てます。



軽く目を閉じ、呼吸をします。。


吸うと「お腹が膨らみ」、吐くと「縮みます」。


その自分のお腹に意識を持っていきます。

膨らみ〜膨らみ〜

縮み〜縮み〜

呼吸とともに、お腹の動きに意識を持っていき感じます。


さあ、準備はよろしいでしょうか?


これをゆったり自分のペースで10呼吸やってみます。

途中で他の事(雑念)を考えてしまってもOK、

その時は、「あぁ雑念ね」と気がつき、また「呼吸とお腹」に意識を持っていけばいいのです。


さあどうぞやってみてください→





いかがでしょう?


自分の呼吸に、体の動きに、これほど意識した事はいつが最後でしたか?

(人によって「何年もしてなかった」という方もおられるかも)


そして、

少しかも知れませんがスッキリしたりホッとした感じを受けた人もいるかも知れません。


そう、これこそマインドフルネスの真髄であり、

頭(思考)を使わず、頭がほんの少しですが休まったからなのです。



なぜそうなるのか?


→人間とはそういうふうにできているんだそうです^^;


だからこそ仏教ではこう云った「瞑想」を、

頭を整理&明晰にしたり、物事の真理をありのままに見つめ悟りに至るための智慧を身につけるための

ツールとして実践されてきたのです。


「悟り」という言葉が出てきましたね。。


悟ってないのでわかりませんが^^;

悟った人とは、毎日心が平穏で幸せなイメージがあります。


そして、悟りとまでは言わずとも、

マインドフルネスの実践の過程においても幸せ感が増すのは研究でもわかっています。



そして、

この本の中で「幸せ」を探求する上で、とても勉強になった教えがあります。

それは、人間の心の動き(使い方)には2つあると言う事なんですね。


その一つは、

現代社会に生きる我々が普段良く使っているモードで、計画や目標に向かい

それを意識しつつ、問題解決の方法を探りタスクを処理していくといった心の使い方です。

(これを仮にモードAと呼びます)


当たり前に普段から皆さんも使っているモードではないでしょうか。


それは先々モノを考える、計算する思考とも言えます。



では、もう一つの使い方とは何なんでしょう?


実はこれが現代人にどんどん少なくなってきている「心の使い方」なんです。


その心の使い方とは、「今この時に意識を置く」、心の使い方です。

(これを仮にモードBと呼びます)


例えば‥

皆さんは普段、皿を洗いながら次の用事や明日の予定などを考えてはいませんか?

これは言い換えると「心ここにあらず」の状態と言えるかも知れません。。

モードAですね。


モードBはそうではなく、

皿洗いの時は皿洗いの行為に意識を置く、

手にかかる水の感触や、皿の質感、スポンジの感触などにです。


実は、

先程皆さんにやってもらったマインドフルネス(呼吸とお腹の動きに意識を置く)の実践と同じ事なんですね。


このモードBの心の使い方は、昔の人は現代人よりももっと沢山使っていたようです。


昔は今の様なデスクワーク中心の仕事よりも、体を動かし、五感を使ってする仕事が多かったのです。


例えば、

山仕事などは今の自分の作業に集中しとかないと、足を踏み外したりして命にも関わりますし、

もの作りなどの職人仕事にしたって、刃物などを扱う時は上の空では怪我をする事もありますよね。


大なり小なりその様に「今の自分の所作」に集中して意識を置く様な仕事が

今よりも多かったのではないでしょうか。


一方で現代人は、加えてスマホなどをやる時間も1日の多くを占め、

より「自分の今」に意識を置くと言うモードBの時間が益々減っている様です。

そうです…「幸せ感」に通ずる心の使い方がです。。


ただ、勘違いしないで下さいね。


モードAが悪い訳ではありません。

これは私達が円滑に社会生活を送るのに必要な心の使い方です。

計画を立て、次の作業の段取りを考えゴールを達成する事は重要な事なのは言うまでもありません。

要はモードAとモードBのバランスが大切なのだと言うことなんです。



と、長くなってしまいました。


今回は「幸せに通ずる心の使い方」があると言う事と、その時間を増やしてみては?と言うことでした。

先程やったマインドフルネス実践とまではいかなくとも、簡単なことからでもマインドフルネスになります。


風鈴の音にただ耳を傾けてみる…


そよ風を肌で感じてみる…


美味しい料理を舌で感じてみる…


そんな時間を一日の間にほんの少し持つことでも違って来るみたいですよ(^^)



次回(後編)は以上を踏まえて、

ではどうやったら現代社会で人生を通して幸せに生きられるのか?をよりスピリチュアルな視点で書きますね。


最後まで読んでくださって有難うございましたm(_ _)m


つなぐ

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第63回 幸せに生きる方法【諦めと幸せ】

つなぐ


前回まで、

願望実現法の秘密と題して四回に渡って書いて参りました↓


四部作を終え、ホッとしております つなぐ です。

そのためか、この記事を書き終えるのに随分のんびりしました(^_^;)



さて今回のテーマは

『願望実現』と云う限定した内容を超えて、”願望実現する事が人生の全てではない“

との視点からもっと広い概念、


「人生を幸せに生きるには?』


について個人的に解ったことを書いて見たいと思います。





えっ、その前に

そんな事言ってるあんたは幸せなの?


と、言われそうですね。



お答えしましょう。



以前の記事にも書きましたが、今僕は概ね幸せに生きております(^^)



この曖昧な“幸せ(幸せ感)”と言う概念をもう少し分かりやすく言うと


「幸せを感じて生きている意識状態の事」


と言い換える事が出来ると思います。


これについて先ず考えて見ましょう。



もし「幸せ」が


”全て自分の周りの環境や状況のみ”


によって決まるのなら、非常に限定的なモノとなります。


例えば

お金持ち、

普段からつきまくっている人、

いわゆるビジネスの成功者とか、

生まれついての王族^^;とか…

そんな限られた人のモノと言うことになります。。


世の中、この様な人ばかりでないのは読者の皆さんもご存知の事と思います。

(いやむしろこの種の人は少数派でしょう)


※ここで安易な自己責任論は論外としますね



では「幸せ」とは、

その様に生まれやその後の努力、運のみによって決まるものなのでしょうか?


それは違う!


と言うのが、僕の50年以上生きて来た細やかな経験と、今迄に読んだ数百冊の書物や、

先人の教えから言える事なんですね。


そして、上記の様な人達が必ずしも「幸せ」なのか?

と言うと、必ずしもそうでないとい云う事もよく聞く話です。。


その上で、

今迄学んだ教えや自身の体験から得た「幸せを感じて生きる意識状態」のコツを言いますね、、



それは、『自分を知る事』 と 『 諦め』



この両輪だと今では考えています。


『自分を知る事』は何となく関連しそうだけれども、『諦め』って何?

と思われたかも知れません。。


1つずつ説明していきますね。



『自分を知る事』


これについては前回まで四回に渡って書いた「願望実現法の秘密」でも再三申し上げて来ました。

ただし、よくある"自分探し"や"本当の自分"というものがあってそれを追い求める、

と言った事とは本質的に違うものです。


それは自らの内面に注意をはらい

自分は本当の所はどう感じているの?何がしたいの?と云った、

「自身の真からの願望や思い」に気づく事や、それに基づいた自己実現をしていく事こそが

幸せの鍵だと述べて来たんですね↓

第57回 願望実現法の秘密とは?!①【成功哲学編】 -


そしてこの"自分を知る事"、"自身に気付いてあげる事"とは、


「自分を大切にする事」


に他ならないんだと。。


"自分を大切にする事"が、幸せを感じて生きていく上で重要な要因だと云うことでした。



では『諦め』とは何なのでしょう?


諦めとは、一般にマイナスのイメージとして受け取られる事が多いですよね。

特に近年の日本ではネガティブな意味で使われる事が多くなった様に思います。


でも、僕の子供の頃(40年程前)は違った様に思うんです。


当時、

それこそ「諦めが肝心だよ」と云う言葉をよく聞きました。

TVなどでも、「ウジウジせずに男らしく諦めろ!」なんてセリフもよく耳にしたものです。


今は何でもかんでも流行りなのか、当たり前の様に「諦めるな!」とか

「俺は絶対諦めない!」等のセリフばかりが漫画やドラマ、映画でも声高に叫ばれる時代ですね。



勿論、諦めない事は大切ではありますが、”何でもかんでも諦めない”というのは、

往生際が悪い、

見極めが悪い、

切り替えが悪い、

といった意味でも使われていたのです。


『諦める』の語源は「明らむ(あきらむ)」で、明らかにして見る事と聞いた事が有ります。


調べると、

本来「諦める」とは

「真理を明らかにする過程で、自分の願望が達成できそうにない理由が分かり、納得してそれへの思いを断ち切る」

というポジティブなものなのです。



僕がこの「諦める」ことについて、とっても素敵な使い方だなぁと感銘を受けた人がいます。


それは著名なカトリックのシスター 鈴木 秀子さん です。


鈴木さんを初めて拝見したのは、

”苦しみを幸せに変える人生”をテーマとした、TVのゲストとして出演されていた時でした。


当時80歳を越えてなお、人々のために活動し続けるその生き方に驚きました。


多方面から招かれての講演活動、著作においては150冊以上の本を出され、

全国の悩める人達からくる手紙やメール等に全て目を通して寄り添い、

寝たきりや死を目前に控えた人達がいる施設に赴いての面会など。。


それを教会のシスターとして生活をしながら実践されています。



その講演を聴くことで勇気づけられた人、悩みを相談して救われた方々は数多く

時には奇跡とも呼べる事が起きるのも珍しくないようでした。


そして驚くべきことに、鈴木さんはそのお一人お一人の為に“祈る”のだそうです。


”祈ること”で人は救われるのだと確信されているんですね。


その”確信”に至った切っ掛けというのが、ご自身に起きた臨死体験にあるんだとか。

事故で数時間にも及ぶ意識不明の重体、、

その間、鈴木さんは黄金色の暖かな慈愛に満ちた光の世界に立っていたんだそうです。


その時、

これが「神」なんだとはっきりわかり、こんな素晴らしい力に見守られているのだから大丈夫、

そしてその素晴らしい世界に帰るのだから、死さえも怖いものではないんだと心の底から理解できたのだそうです。


祈ることで「神様の愛」がその人に”より”届き、その人に良き影響を与える、その人の本来の力を取り戻す…

自分の人生を力強く生きて行く…


どんな事も全ては「神」の計らいなのだから大丈夫。

それを心底信じてその人に祈りを捧げる人なのです。


その凛として強く慈愛に満ちた清廉で美しいお姿を見て、

こんな素晴らしい人がいるんだなぁとちょっと感動したんですね。


その鈴木さんが”幸せになるヒント”を仰っていました。

それが意外にも「あきらめること」だったのです。


でも、それは投げやりになっての諦めという意味ではなく


『聖なる"あきらめ"』


なんですと付け加えられたんですね。

それは現実を受け入れる事であり、人間ができる大きな力なんだと仰っています。


まさに上に書いた諦めるの語源の通り、どうにもならない事に無理に抗わず、

まずは諦めて気持ちを楽にする。

そうする事でまた違った道も見出せ、自分の人生を歩んで行けるんだと言うことなんです。


安易な精神論・根性論を越えた、

それこそ本当に沢山の悩める人々と触れ合って来られた鈴木さんの言葉だけに

説得力があり本当に心に響きました。



昔の僕は体育会系から警察官となり、ガチガチの根性論者でした。

諦めないことを美徳としてさえいました。


だからこそ、

当時、倍率40倍を越える難関と言われた警察官採用試験にも四度目の挑戦で

合格することができたのだと思っています。

ですから「諦めない気持ち」も大切なのは身を持ってわかっているつもりです。


ただその後、

当ブログでも再三書いてきた通り、紆余曲折あって、うつ病を経験して一度人生滅茶苦茶になりました。

その末に、自分の体験からたどり着いたのが「諦め」だったのです。


それが偶然に見たTVで、鈴木さんの様な素晴らしい方が“諦め”について言及されているのを見て

本当に嬉しく思いました。

「俺が人生で感じて来たことはあながち間違っていなかったのだなぁ」

と、まさに「我が意を得たり」との思いがしたのです。。



起こってしまった事や訪れた状況、

それらを全て受け入れる事は中々難しいことですよね。


神が与えた人生…それを運命と言い換えてもいいのかも知れません、、

※運命については当ブログでもかなり力を入れて書いてきました。

→第53回「運命は本当に決まっているのか?」 -

→第55回 僕の運命は決まっているのか!?【確信編】 - 


人生で起こる・感じる良き事も悪い事(と思っている事)も全ては自分のために起こること…

  それを「諦め(聖なるあきらめ)」を使って眺めてみる。。


自分にそぐわない”過剰な欲”にとらわれていませんか?

もっと、もっとと、身の丈に合わない背伸びをしていませんか?


それらにこだわり、それが「執着」になり自分を縛っていませんか?



僕は色んな価値観に縛られ、自分を責めたりもして、かなり窮屈に生きていました。

今はそんな自分に課した重い鎧を脱ぎ捨て、だいぶ身軽に生きられるようになったと感じています。


こんな言葉を聞いた事があります。

”今のあなたは、神様が「今のあなたでいいですよ」と言っているから今のあなたなんですよ”と。。



諦めない事も大切ですがそれも程々に、時には「聖なる諦め」で自分を責める事なく

さっぱりと今の自分を受け入れてみる…それは人が持つ大きな力…


みなさんも改めて、諦めない事と、諦めることのバランスを取ってみませんか?


それは、自分を知る事=自分を大切にする事


から始まります。


周囲に踊らされず、自分は本当に、ホント〜っに、本当の所はどう感じているの?

と言うことなんですね。



今までいくつか幸福論について書いた本も読んできましたが、僕には内容が多岐に渡って

実践するのが難しかったので、先ずはこの2つ


『自分を知ること(自分を大切にすること)と、諦め(聖なる”あきらめ”)』


を心に留めて生活しています。



次回は、また違った視点で幸福論について書いて見ようと思います。


このあたりの情報には数十年前から触れていますが、

これからの時代は、”肩の力を抜いた幸福論”が当たり前になっていくようです。


今回はこの辺で


最後まで読んで頂き有難うございましたm(_ _)m


つなぐ

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