幸せとは一体なんなのか?
それをちょっと変わった切り口で迫っています本シリーズ。
我ながら変わった記事を書いているなぁと思っています つなぐ です(^_^;)
さて前回は、
実践すれば「幸せ感覚が増す」
と言われる瞑想法(マインドフルネス)の視点から幸せについて考えてみました↓
今回はそこからわかった
人生において幸せとは?
幸せに生きるとは?
について結論づけてみたいと思います。
前編からお読みいただければ内容が理解し易いのでぜひどうぞ↑
では、幸せの正体・後編いってみたいと思います。

前回の記事で述べましたが、
マインドフルネス瞑想からわかった、心の使い方(モード)には2つあるということでしたね。
1つは、
私達が日常で普通に使っているモードです。
次の予定や未来の予定に意識を置いて、段取りよくタスクをこなしていく心の使い方ですね。
思考がひっきりなしに働いている状態とも言えます。(モードAと仮に呼びます)
そしてもう一方の心の使い方は、
「意識を今この瞬間に置く」心の使い方です。
何か作業をしながら次の事を考えたり、全然違う別の事を考えたりするのではなく、
”その作業をしている自分そのもの”に意識を置いています。(仮にモードBと仮に呼びます)
例えば、洗濯物をたたんでいる時、
たたみながら晩御飯の献立や、次の家事の段取りを考えたりしがちですが、
そうではなく、
”洗濯物をたたんでいるその行為そのもの”に意識を持っていくのです。
指から伝わる洗濯物の感触や、折りたたむ行為そのものにです。
それは仏教などでいう「今を生きる」ということと同様です。
心が過去にも未来にもいっていない「今」にあるんですね。
このモードBになることがマインドフルネスであり、
「幸せ感覚を増し維持していくのに重要だ」ということでした。
ただ、
モードBがいくら大切だからと言っても、人との関係性の中で社会生活を円滑に送るためには、
モードAの次の予定や計画を考えながら行動する事は必要ですよね。
ずっとモードBだと周りから浮いてしまいかねません^^;
モードAとモードBの両輪が大切だと言う事でしたね。
(ここまでが前回)
これを「人生という舞台」
の中で当てはめて考えて見ると
「幸せに生きる大きなヒント」が見えてきます。
人生の中で、目標や計画を立て、それらを達成した時、人は幸せを感じます。
これは「モードAの幸せ」と言えます。
良いことがあった(目標達成や願望の成就)→ だから嬉しい → 幸せ (モードA型の幸せ感 )
という図式ですね。
一方で、特にその様な出来事がなくとも、
何気ない日々の出来事(例えばご飯が美味しく食べられる事や布団の上で眠れる事お風呂に入れる事)
そういったことが有り難い → 幸せ
という図式ですね。
これはその瞬間瞬間を俯瞰して感じることができなければ得られない感覚です。(マインドフルネス的)
それは、“今を生きる”というモードB型の幸せ感と言えます。
僕の人生を振り返っても、
モードA型の幸せは大きいものから小さいものまで、いくつかありました。
ただその幸せ感は一時のものであったように思います。
大きな事で例を挙げると‥
当ブログでも書いてきた通り、僕は昔、警察官だったのですが、
その警察官採用試験に合格した時はそれはもう天にも昇る気持ちで幸せの絶頂でした。
何しろ当時の試験の倍率は公務員人気もあって40倍を越えていました。
(2000人受けて50人しか通らない)
ですが、その目標を達成した喜びもつかの間、、
警察学校での厳しい訓練生活が始まると、当たり前のようになり、
その幸せ感も日常の中に埋没していきました。
皆さんも自身の人生を思い返して見て下さい。そんな経験はありませんか?
一方、
モードB型の幸せ感は、天にも昇るといった”電気の走った幸せ感覚”とは違いますが
普遍的で安定的です。
また、自分の人生に例えて見ると…
これも当ブログで書いて来た様に、僕は10年間うつ病を患って一度人生が目茶苦茶になったのですが、
その後、
諦めの境地なって、夢も希望もなくなって、ただただ毎日を淡々と生きる中で
自然と日々感じる事が出来る様になったことが当てはまります。。
これらを踏まえて、今までのことをまとめると、
人生を通しての幸せとは、、
「目標達成(モードA型の幸せ感)」
と
「日々感謝(モードB型の幸せ感)」
この両輪の心の使い方(生き方)が大切だということになります。
前者は人生には必要ですが、
幸せ感としては脆弱であり単発的で次々と新たな目標を追いかけ終わりがありません。
競争・努力・頑張る型の幸せ感といえます。
もちろん、その「目標を達成した」という成功体験は自信となり
確実にその人の経験値となりますが、幸せ感としては持続性に欠けるとも言えます。
そして、
こればかりを追いかけると「執着」ともなりかねず、しんどい人生になるかもしれませんね。
一方、後者は
競争とは無縁で肩の力を抜いた幸せ感であり、持続的でリラックス型といえます。
「執着」とは真逆の境地でもあり、
なんといっても「感謝」を伴わないと起こってこない幸せ感覚なんですね。
より安定した幸せは、日々感謝にシフトして行くようです。
かの有名な講演家・著作家の小林正観さんも同様の事を繰り返しおっしゃっています。
その名言の1つに「私は夢も希望もないけど毎日幸せ」といのがあります。
これはモードBの幸せ感とほぼ同様のことを言っているのだと思います。
ただこの「モードBの幸せ感」は、若い時代にはなかなか使いづらいモードでもあります。
「日々の出来事に感謝する」だなんてことは、僕はあまりできなかった様に思います(^_^;)
やはり人生の前半、若いうちは目標を立て、
それを達成することに向かって頑張る「モードAの幸せ感」のほうが使いやすいのかも知れませんね。
人生を積み重ねて、
いろいろな出来事に遭遇し、物事に感謝できる下地ができていくのかも知れません。。
でも、縁あってこの記事を読まれた方は
老いも若きも関係なく、両方のモードをバランスよく意識されてみてほしいですね(^^)
まとめに入ります。
どちらにせよ、
やはり現代人には「モードBの心の使い方」が不足気味には違いないようです。
ですから、1日の中で、ほんの少しでも今の自分に心を置いてみて下さい。
ご飯を食べている時の味わいや食感、お風呂に入っている時の感覚、就寝時の布団の肌触り…
それは”今を生きる自分”を観察している事であり、自分を大切にしている事に他ならないのです。
それを繰り返すことで感謝の念も自然と湧いてくるようです。
「感謝」と「幸せ感覚」は兄弟みたいなものですね(^^)
僕もこの記事を書いていて、
なお一層、モードAとモードBのバランスを大切にして日々を生きようと改めて決心することができました。
記事を書く機会を得れたことに感謝します(^^)
最後に皆さんの人生が少しでも幸せ感に包まれて歩めることを願って。
ということで前・後編に渡って書いてきました「幸せの正体」をこの辺で終わりたいと思います。
最後まで読んで頂き有難うございましたm(_ _)m
つなぐ