『スピリチュアルなんかぶっ飛ばせ』

スピリチュアルを否定するブログではありません(^^)  25年以上この世界を見てきた僕の思うがままを書きます。夢物語ばかりの“えせスピリチュアル”はふっ飛ばしていく姿勢です。

第40回 うつ病とパラレルワールド

数日の間、ブログ書く気力がなくなっていた 

つなぐ  です^^;

アクセス数を見て結構な人数の方が見に来られているのに気づきました。


またグングン気力が上がって参りましたので再びブログに戻ってきました(^^)


やはり他者(読者)の力は有り難いですね。



さて、何を書こうか?とキーボードを叩いているうちに思いついたのが

今回の「うつ病とパラレルワールド」でした。






へんてこな題だなぁと我ながら思います。



パラレルワールド…

今、自分のいる世界とはまた違った


「並行世界」


場所や存在する人なども似ているのに、微妙に違う世界…

自分が住んでる町のはずが、その町並みが微妙に違っていたり

知っている人が別人格のようであったり…



現実では色んな選択をし、

その選択肢によって一つの道が現実として出来上がってい行く

というのが世間の常識ですよね。


でも、

一つの選択によって失くなってしまった“他の選択をした場合の世界”…

それをもし選んでいたとしたら、自分が送るはずだった未来…


そうした“未来”も失くなるのではなく


“実は並行して存在している”


というのがパラレルワールドの大体の解釈だったと思います。


YouTube などでもパラレルワールドに行った話しなんかが、まことしやかに語られていますよね 。

そんな世界本当に存在するの?と思ってしまいます。。



しかし、

僕はそれを”擬似的に”体験したんです。


うつ病という病を通して。。


上に書いたような世界がパラレルワールドなら

僕は正にパラレルワールドに迷い込んだと言っていいのかも知れません…



ココでうつ病について簡単に説明しておきますね。

うつ病は現代医学の有力な仮説として


「脳内のホルモン分泌の異常」


なんですね。


やる気、興味、意欲、幸福感…などを司るホルモンの分泌異常と言われています。


この異常のせいで、絶望感に支配されたり

何もやる気が起こらなくなって無気力になったり

最悪、死んでしまいたくなったりします。


この度合いは人によってまちまちで、また症状も人それぞれ微妙に違ったりするんです。


僕もこのうつ病になったんですね…ソレも重度のやつです。。

(このあたりの関連記事は↓)

第二回 うつ病とスピリチュアル 


第7回 僕のスピリチュアルな冒険①〜本物!の「催眠療法」を受けた思い出〜【前編】


第18回 僕のスピリチュアルな冒険④本物の霊能者に会いに行く!【前編】 




話を元に戻します。

今も僕はうつ病にかかっていた時期と同じ地域に住んでいます。

そして同じ家族と暮らしているんです。


でも、

今とその当時(うつ病)の自分では、


「別世界」と言っていいほど

僕の目に映る、そして感じる世界は違っていたのです。


まず、日常風景の「色」が違いました。


うす黄色がかったセピア調の色合いなんですね。

全世界が全く僕と繋がりがなく、まるで「時間の外」にでもいるかの様な感覚…

そして世界は皆敵のように感じていました。


そして、家族です。今と同一人物のはずなんですが

その当時は、僕が言うことを全く理解しないし

ほとんどの事に関して話が通じなかったんです。

別人に思えるくらい意思の疎通というものができませんでした。


本当にコレは俺が今まで生きてきた現実なのか?…

当時毎日のように「夢であってくれ」と思ったくらいです。



うつ病が寛解した現在では、

外の景色は輝いて、歩く町並みも気持ちよく

家族との意思疎通もスムーズです。


全くと言っていいほど世界に対する感覚が違うんですね。

(正に”脳内パラレルワールド”と言っていいと思います)


本当に人間って、

脳内のホルモンの分泌に左右されて色んな感情を感じているようです。


そして僕は、そんな世界から帰って来られたからこそ

ソレがパラレルワールドのようだったなぁと振り返ることが出来るんです…


願わくば、

そんなパラレルワールドに読者の方が迷い込まないよう願ってやみません。



うつ病は予防が本当に大切です。


人間が生きる上での基本的な事

(睡眠・食事・運動)

をおろそかにせず←コレはあくまで基本です


その上で大切なのは「自分の心」です


自分に嘘をついていませんか?


「自分を大切にする事」を忘れ、ソレが長年積み重なると

脳機能に異常をきたし、上に書いた様なうつ状態になりやすいんです


心苦しい自分に気づいた時は、早め早めに自分に優しく(自分を優先)してあげましょう!



今回はこの辺で。


ありがとうございました。







☆個人セッション再開しました。


大阪市のキネシオロジー・ヒーリング&セラピー『小さなバルコニー』

第39回 僕のスピリチュアルな冒険⑩「救い…ヒーラーMさん」【後日談】

ヒーラーMさんシリーズ三部作(大げさ^^;)を書き上げてホッと一息ついてます つなぐ です


さて、

前回まで三回に渡って書いてまいりました

ヒーラーMさんとのヒーリング体験。


うつ病地獄から抜け出る大きなキッカケになったのは間違いありません。

(その経緯は↓)


第36回 僕のスピリチュアルな冒険⑦「救い…ヒーラーMさん」【前編】 - 


第37回 僕のスピリチュアルな冒険⑧「救い…ヒーラーMさん」【中編】 - 


第38回 僕のスピリチュアルな冒険⑨「救い…ヒーラーMさん」【後編】 - 


注)今回の記事は上の記事を見ないと分からない内容となっています(^_^;)




このヒーリングで一体何が起こっていたのか?


当時は当事者でありながら、僕自身も本当に大変な時期であった為

とにかく楽になったことだけでホッとしていました。


あれから10年近くが過ぎ、僕も当時を振り返る余裕が出てきました…(遠い目)


またその後、ヒーリングや心理学の勉強を進めてきましたので、

今の自分なりに

”もう一度あの時一体何が起こって、僕に解放と言える状態が訪れたのか?”


そして


『(全般に)ヒーリング』


というものは一体なんなのか?


といういう個人的な考察と

ヒーリング終了後の後日談を書いてみたいと思います。。


では、始めていきます。




なんと言っても印象に残っているのは、前回でも書きました


あの「大泣き体験」


でした。


本当に今考えても不思議な体験です…


僕は涙もろい方でも全くありません。

むしろ、普通の人よりも泣かない・泣けないタイプだったんです(^_^;)


その僕が、

特に言葉をかけられたわけでも無く、只々Mさんの傍らで座っているだけで

もう胸の奥から溢れんばかりの嗚咽とともに泣きわめいたのですから。。



あの状態はシータヒーリング(以下シータ)でいう

”シータ波の状態になったMさん”に僕自身も影響されて…という状態なんですね。


傍から見ると、

本当にシーーンとしている場面に、二人が並んで座っているというだけなんです。

(僕はまっすぐ座る気力も無く、力なくうつ向いて座ってました)


※シータ波とは瞑想時いわゆる「無の状態」になっている時に出る脳波のこと



泣くシチュエーションなんてほとんどないわけです。

でもソレは起きたのです。。


考えられるのは2つ…


一つ目は、

以前、Mさんを知っている共通の知人から

「Mさんからシータを受け泣いてしまった」という話を聞いていたので、

その”暗示効果”で泣いてしまったというものです。


でもソレはもう何年も前の事でしたし、サラッと聞いた程度…

聞いた当時の僕も「そんな馬鹿な事、本当にあるの?」と思ってました。。

(その現象にはかなり懐疑的だったんですね)


ですから、

”自分から泣きにいこう”としてMさんのヒーリングを受けたのでもなかったのです。


ソレに「大泣き」が起きる前段階で、何度も同じ様なシチュエーションはありました。

そのどれとも、泣きそうになる事すら全くなかったのです。


更にヒーリング対象となった

「当時の職場の先輩Tさんとの因縁」

というのも、“泣く事”とは程遠いテーマでした。。


二つ目は、

Mさんの“シータ波に本当に影響され、僕の脳波もシータ波になった”というものです。


そして、前世から続くTさんとの積もり積もったモノが、カタルシス効果(感情の解放)となって

あの“大泣き”という現象が起こった…


(コレはシータ本来の解釈という事になるのでしょうが…)


あの大泣きは、何に対してなのかは今もよく分かってはいません…

幾つもの過去世から続く「Tさんへの感情」なのか、

今生での「色々な事に対して抑圧してきた感情」なのか…


とにかく、

あれで何かが解放されたのは間違いないような気がしています。。




しかし、ココで僕が強く感じていることがあるんです。

ソレは「シータヒーリングが僕を解放したのか?」という事なんです。


どういう事かと云うと、、、


心理学(心理療法)の世界では、

技法はもちろん大切なのですが、その技法よりも、

ソレ以上に「誰から受けたか?で効果が変わる」という考え方・視点があるのです。


心理療法の場というのは結局の所、

セラピスト(療法家)とクライアント(患者)の間で起きる化学反応のようなモノなんですね。

(コレは”ヒーラー”と”受け手”に言い換える事も出来ると思います)


そしてその反応は、

”クライアントがその存在をセラピストを介して承認(自己承認)していく

過程”だと言われています。


この事については、どの心理療法にも共通している点で、

僕が思うに、技法以上にセラピストの存在が

クライアントに影響を与えていると考えます。



と、何か話が小難しくなって来てますね…


自分もセラピストなもので、つい熱くなってしまいました(^_^;)



話を戻しますね。


この事から考えると、僕が強く感じているのは…


シータヒーリングに救われたと言う以上に

僕は「Mさんのヒーリングに救われた」と言うことなんです。


あのヒーリング中に感じたMさんの


”ヒーラーとしての覚悟”

”僕に寄り添う覚悟”


みたいなものが、僕を解放に導いてくれた”核”のような気がしてならないんですね。



このブログで言いたかったのは、シータが素晴らしいという事ではなく

「優れたヒーラーは本当に素晴らしい」ということなんです。

※もしシータを受ける場合は、

個人の深い部分に入っていく手法なので、しっかりと研鑽を積んだ人から受けることをお勧めします。



後日談…


Mさんとの最後のヒーリング後、

僕の”生きる力”を更にアップさせる方法として

農業を体験することを提案してくれました。


それから二年後、、


実行までに時間はかかりましたが、僕は本当に農業体験をしに行きます。。


楽になったとはいえ、

ひきこもり生活も流石に疲れてきます…


いつになったら動くの?といった周りからのプレッシャー等で疲弊していきました(^^;;



そしてついに僕にも

その時(動く)がやって来ます。。


だいぶ思いきりましたが

四国の農業会社や、兵庫県の自給自足の農場に一ヶ月以上に渡って汗水流しました^^;;



Mさんの言った通り、本当に生きる力が蘇ってきました!

(この農業体験記もいつか書くつもりです)



この体験が、後の僕の社会復帰に大いに役立ったのです。


そんな所までアドバイスしてくれた事に今更ながら感謝ですm(_ _)m



そして、

その後 五年ぶりに思いがけずMさんと再会し、また不思議な体験をすることになるのですが、、

それはまたの機会に書いてみたいと思います(^^)



今回はこの辺で。


ありがとうございました。






☆個人セッション再会しました。

大阪市のキネシオロジー・ヒーリング&セラピー『小さなバルコニー』体の痛み、ストレス、姿勢調整

第38回 僕のスピリチュアルな冒険⑨「救い…ヒーラーMさん」【後編】

是非 今回の『ヒーラーMさん』シリーズは

最初から読んで貰いたいなぁと思っている 

つなぐ です(^_^;)


前編はこちら↓

第36回 僕のスピリチュアルな冒険⑦「救い…ヒーラーMさん」【前編】 


投薬治療や 更に3ヶ月の入院治療も功を奏さない僕のうつ病…

その“うつ地獄”から抜けたい一心でヒーラーMさんから

シータヒーリングを受けることになります


前回Mさん宅にて いよいよそのヒーリングが開始されました↓





Mさんからのシータヒーリングも後半…

前回  “霊視”の様なことまで飛び出し 驚くやら戸惑うやらで(^^;


では

早速 続き いってみます





霊視のような事まで飛び出し いよいよヒーリングも架橋に入ってきます…


そして またもや何やら“見えた”ようで

唐突にMさんが言いました


『今まで“この人にやられたな~”と思ったような人いる?』


『思い当たる人を 一人一人考えてみて?』




僕は特に ”この人!”  みたいな心当たりがなかったのですが


とりあえず 今まで嫌〜な感じが残っている人を三人  順番に思い浮かべました




そしてMさんがその都度  O-リング検査(指の輪っか)で一人ひとり調べてくれます※

※詳しくは【中編】をどうぞ



『この人…違う…この人…あっ 指が開いた!(反応あり)』



それは


以外にも僕の整骨院修行時代の先輩でした…


(それ程強く嫌な印象が残ってなかった人なので 反応に驚きました)



この人 悪い人ではありません…


色々仕事も教えてしてくましたし 世話になりました



しかし 賢すぎるのです^^; 出来すぎる というのでしょうか…


それが鼻につくタイプで  そのため同僚達からも一歩距離を置かれていたんですね



『この人… つなぐさんとは過去世で何度も一緒だったみたい』


『その度に つなぐさんは彼に”やられた!”と感じてきたみたいね』


『でも それも今生で卒業…精算する時みたいね』



と言われました


そう言われると 彼にプライドを傷つけられた事などが蘇ってきました…

(向こうは悪気はなかったのでしょうが^^;)


僕自身 心の奥底に ”その思い”を抑圧していたのでしょうか?


実は この人…

なぜか僕の住む街に引っ越して来て 更には 自分の整骨院を開業したり…


それを見る度に 

「なんでこの広い世界で わざわざ俺の住む街に来て店まで出すんや〜」

と思っていたんです

(それだけ 彼とは因縁があり スピリチュアル的にも学びをする関係だったのかも知れません…) 



そして


その事を解放するヒーリングしている時に それは起こったのです!




Mさんが瞬間的に瞑想状態(シータ波)に入ります


傍らに座る僕は これまでのように うつ向いて肩を落として


力なく座っています…




この間

しーーんと静まり返る 今までと同じ流れでした… が!


その時なんだか 暖か〜いエネルギーを感じたと思った次の瞬間!


言いようのない 悲しみ! 悔しさ!…う~ん


もうなんと言っていいのか分からない感情が 胸の奥から湧いてきて


どうしようも無くなり” 呻くように泣き出してしまったのです!”


それも「うっ うっうーーーーーっ」って


あふれる涙とともに嗚咽がもう止まらないのです!!


赤ん坊のように恥も外聞もなく

僕はうつ向いたまま 唸る様に延々と大泣きしていました


(その震える僕の肩に 手を乗せ Mさんはじっと見守ってくれていました)


いったいどれくらい泣き崩れたのでしょうか…


ようやく嗚咽が落ち着きはじめた

Mさんが僕に言った一言は今でも忘れません



『大丈夫!私がつなぐさんを 一生サポートしますから』



この一言に僕は救われたんです


これは その場で受けている僕にしか分からない感情かも知れませんが

その声のトーンや力強さ…

「ヒーラーとしての覚悟」

「本気で僕と関わる覚悟」

みたいなものが 本当にひしひしと伝わって来たのです。。


落ち着いた後

その日はそれでヒーリングは終了となります


気がつけば三時間近く時間が過ぎていました…


これ程の長時間…本当に特別にしてくれたのでしょうね 

 料金も友達ということで 相場の三分の一くらいにしてくれたのでした

(本当に感謝しかありませんm(_ _)m)



次回のヒーリングは一ヶ月後です…

(結果的には その後 二回程受けることになります)



しかし

この一度目のヒーリングで 既に僕の心は随分軽くなっていたのです。。

行きしは あれ程しんどかった道のりも 普通に帰れましたし

世界が少し違って見えるくらいの変化でした


一ヶ月に一回のペースで最後のヒーリングを受ける頃には

家で普通に引きこもれる位になっていました


”普通に引きこもる”って変な表現ですが 以前は家にいる“一分一秒”が苦痛だったのです


それが平穏な心でいられる…

こんな事は本当に久しぶりで どれ程嬉しかったことか…


そして

最後のヒーリングの時

Mさんからアドバイスされたのは


『恐怖や悲しみの感情…色んな感情はそれぞれに必要なもの』

『だけど その中でも喜びの感情は他の感情の4倍5倍は感じてほしいの』

『だからもっと日常に笑いを取り入れて…今の つなぐさん になら出来るから』



その後

僕は図書館などで面白いビデオを借りたりして

大いに喜びの感情を育てました


そこから直ぐに

”元気バリバリ社会復帰して働き出す”

なんて事はなりませんでした。

でも本当に平穏に毎日が過ごせる様になったのです


感動のヒーリング後も Mさんから


『何かあったらいつでも連絡くださいね』


と言って頂いてたのですが その後なぜか僕は連絡をとらなかったんです…

スピリチュアル的に「その時」があるのでしょうね。。


Mさんとの感動の再会は それから五年後…

 僕が社会復帰したのちに訪れるのですが  

それはまた別の話で…



と今回はこの辺で


次回は「Mさんとのヒーリング」について

今の僕なりに考察してみようかなと思います


ありがとうございました







☆個人セッション再開しました。


大阪市のキネシオロジー・ヒーリング&セラピー『小さなバルコニー』体の痛み、ストレス、姿勢調整